医療の現場にAIが導入される動きが活発化している今、どのような変化が起きているのか気になっている方も多いのではないでしょうか。
この記事では、AIの基礎知識から医療分野での活用事例、さらに各国での導入状況までを徹底解説します。
医療AIがもたらすメリットやデメリットも紹介しますので、ぜひ導入の参考にしてください。
医療AIとは
医療AIは人工知能(AI)の技術を医療分野に応用したものです。 あわせて読みたい
データ分析や病気の診断、治療計画の提案や医薬品開発など利用領域は多岐にわたり、医療の質の向上や医療現場のサポートに活用されます。
医療AIを活用するメリット
まずは医療現場でAIを活用することで得られるメリットを6つ紹介します。
- 業務効率が上がる
- 医師・看護師の負担軽減
- 人的エラーを防げる
- コストが削減できる
- 24時間対応が可能になる
- 地域による医療格差を埋めることができる
以下で詳しくみていきましょう。
業務効率が上がる
AIを導入することでレセプト作業やデータ管理、受付業務などを自動化し、業務効率を大幅に向上させることができます。 あわせて読みたい
これにより、より多くの時間を患者のケアなどに充てることが可能です。特にAIの活用によって月末の事務処理などのレセプト業務が大幅に簡略化されるのは大きなメリットでしょう。
医師・看護師の負担軽減
AIによる画像診断の自動化や診療記録の自動入力を行うことで、医師や看護師の負担を軽減できます。特に画像診断では見逃しを防ぎ、複雑な症例に対して医師が集中する時間を確保することが期待されています。 あわせて読みたい
人的エラーを防げる
人間がミスを防ぐには、十分な休息と高い集中力が必要です。
しかしAIは休息を必要とせず、常に高い精度で業務を継続することが可能です。
またAIを医師の診断サポートとして活用することで、見落とされがちな病変の早期発見にも繋がります。
医療従事者の長時間労働が問題視される中、AIは医療過誤の防止に大いに役立てることができ、結果として医療の質向上に寄与するでしょう。
コストが削減できる
医療AIは業務効率の向上、医療従事者の負担軽減により、人的リソースの削減によるコスト削減も期待できます。 あわせて読みたい
さらに医療AIを疾患の早期発見に役立てることで、無駄な治療や重症化を防ぐことにもつながり、長期的な医療費の削減にも繋がることが期待されています。
24時間対応が可能になる
医療AIは、人間と違って24時間365日の稼働が可能です。 あわせて読みたい
例えばチャットボットなどを利用し、以前は診療時間中にしか取れなかった予約を24時間いつでもとれるようにしている医療機関もあります。
さらに技術が進歩すれば、夜間や休日、緊急時にも医療AIによる診察や対応が可能となり、非常事態の際にも迅速に対応できるようになるでしょう。
地域による医療格差を埋めることができる
地方では医師が不足しており、医療の地域格差が問題視されています。 あわせて読みたい
しかし診療データを遠隔で解析できる医療AIを活用すれば、現地に医師がいなくても診断や治療を行うことが可能です。
こうした取り組みは既に始まっており、医療格差の是正が期待されています。
参照:厚生労働省「オンライン診療その他の遠隔医療に関する事例集」
医療AIのデメリット
前述の通り、医療AIの活用には大きなメリットがありますが、やはりデメリットも存在します。
医療AIを活用する際には以下のことを十分に理解し、対応策を考えておくことが重要です。
- 診断の根拠が説明できない
- AIが下す診断に不安を持つ患者がいる
- データが少ない症例には活用できない
- 故障のリスクがある
- 導入・維持にコストがかかる
- 最終的には人間が確認し判断する必要がある
診断の根拠が説明できない
AIは莫大な量のデータを元に診断結果を導き出すサポートをしてくれます。
しかし、「なぜそう判断したのか」という診断の根拠は語られずブラックボックス化しており、現時点でのAIは「よく当たる占いのようなもの」と表現されることもあります。
現在、判断の根拠を探る技術の開発が進められていますので、この技術が完成すれば、今以上にAIを活用する向きが出てくると予想されます。
AIが下す診断に不安を持つ患者がいる
医療AIは時として医師よりも正確な診断を下すこともありますが、それでもやはり「AIの診断は受け入れられない」「抵抗がある」と答える患者は少なくありません。
患者がAIに対して不安を感じるのは、「AIは平均的な患者への対応に標準化されており、個々人の様々な状況に応じて柔軟な診断はできない」という認識が根底にあるからだということがわかっています。
AIによる診断を受け入れてもらうためには、先に解説した「診断の根拠が説明できない」を改善する必要があるでしょう。
参考:医療AIに対する患者の意識調査/医療AIは時に医師より優秀だが、なぜ患者から信用されないのか
データが少ない症例には活用できない
医療AIは正確なデータを大量に学習しなければ、正しい診断を導き出すことができません。
そのため症例の少ない難病や希少疾患、前例のない病気、近年で言えば新型コロナウイルスなどの突発的に発生する未知の病気への対応は不可能です。
もしも患者が症例の少ない疾病を抱えていた場合、誤った診断で対応が遅れるリスクがあるのはデメリットと言えるでしょう。
AIは医療現場において非常に有効な手段のひとつですが、活用する際には「万能ではない」ということをしっかりと認識しておく必要があります。
故障のリスクがある
医療AIもやはり機械ですので、PCや家電などと同じように故障するリスクがあります。 あわせて読みたい
さらに悪意あるハッカーによるシステムの侵害や、アップデート後に互換性がなくなる可能性もゼロではありません。
システムトラブルが発生した場合の修復方法や、AIシステムが利用できなくなったときの対応については事前に考えておく必要があります。
導入・維持にコストがかかる
医療AIの導入・維持にはコストがかかるため、小規模な医療機関にとっては大きな負担となる可能性があります。
もちろん、導入することで削減されるコストもありますので、総合的に見た費用対効果で導入するべきかを検討する必要があります。
最終的には人間が確認し判断する必要がある
いくら精度の高い診断ができるとしても、すべてをAIに任せることはできません。 あわせて読みたい
例えばレントゲン画像から疾病を判断する際、どんな理由で疾病があると判断したのかを示すことなく結果のみを示すだけでは、リスクの評価ができません。
現段階で医療AIはあくまでもサポートであり、最終的な判断は人間が行う必要があります。
医療におけるAI活用の現状
現在、医療AIは以下のような場面で活用されています。
- オンライン診断・問診
- 画像診断支援
- 治療計画の立案
- 手術支援
- 患者の介護支援
- レセプトの作成や管理
- 自然言語処理を使ったカルテの解析
- 処方
- 医薬品の開発
しかしAIへの期待が高まる一方で、医療機関でのAI導入率はまだ低く、課題が残っています。
令和6年3月に発表された令和5年度の医療AI導入についての調査結果を見ると、以下のようになっています。
設備 | 設備があると回答した施設のうち、AI機能について回答のあった施設数 | AI機能の利用率 |
---|---|---|
内視鏡 | 160 | 10.6% |
CT | 135 | 9.6% |
MRI | 109 | 7.3% |
X線撮影 | 168 | 8.3% |
病名候補 AI問診 | 200 | 15.5% |
転倒検知 見守り | 200 | 35.5% |
音声入力 | 168 | 8.9% |
翻訳 | 196 | 52.0% |
OCR | 195 | 13.3% |
ケアプラン リハ計画 | 193 | 0.5% |
薬歴・退院 サマリ作成 | 165 | 1.2% |
参考:「医療現場における医療AIの導入状況の把握、及び導入に向けた課題の解決策の検討のための研究」
一定の使用率のある翻訳、転倒検知・見守り、そしてほとんど使用されていないケアプラン・リハ計画、薬歴・退院サマリ作成を除くと、使用率は10%前後に留まっています。 あわせて読みたい
使用しない理由としては「現状で運営できているので困っていない」という声が50%前後と最も多く、続いて費用や買替えのタイミングなどが挙がりました。
また、認知や試用が不足していることが利用率の低さに繋がっているとも考えられています。
AI開発を進めるべきとされている重点領域6つ
2017年に厚生労働省が設置した「保健分野におけるAI開発推進懇談会」において、AI開発を進めるべき重点領域として以下の6つが選定され、現在は2021年以降に想定されていた内容に沿って実用化が進められています。
AI開発を進めるべき重点6領域 | 2021年以降に想定されていた状態 |
---|---|
ゲノム医療 | ・がんゲノム情報の収集体制構築 ・AIを活用した研究体制の構築 ・AI開発基盤の利活用の検討 |
画像診断支援 | ・医療機器メーカーへ教師付画像データ提供 ・AIを活用した画像診断支援プログラムを開発 |
診察・治療支援 | 比較的稀な疾患についてAIを活用した診断・治療支援を実用化 |
医薬品開発 | ・医薬品開発に応用可能なAIを開発 ・AIを用いた効率的な医薬品開発を実現 |
介護・認知症 | AIを活用した生活リズム事前予測システム等を開発・実用化 |
手術支援 | ・AIによる麻酔科医の支援の実用化 ・自動手術支援ロボットの実用化 |
医療AI|活用事例
ここでは2024年現在、実際に医療AIがどのように現場で活用されているのかを、活用事例と共に見ていきます。
AI医療機器「nodoca」
アイリス株式会社が開発した「nodoca」は、喉の画像解析によるインフルエンザ検査を行うAI医療機器です。「nodoca」の診断結果と3人の医師の診断結果を比較する分析では、AIが医師の精度を上回ったとの報告もあり、AIを用いたインフルエンザ診断が有用である可能性を示しました。
参考:インフルエンザ診断における人工知能モデルの使用の検討:開発および検証研究
全自動創薬ロボット「HAIVE」
株式会社MOLCUREが開発した「HAIVE」は、従来人手で行っていた数千パターンのもの候補からひとつの有用なペプチド・抗体を選びだすプロセスを自動化し、AIによって大量のスクリーニングと分子設計を行うことができています。
がんワクチン「TG4050」
フランスのバイオ企業Transgene社と日本電気株式会社(NEC)の共同開発によるがんワクチン「TG4050」は、AIを活用して個別化されたがん治療法を提供しています。
参考:MOLCURE:HAIVE/NEC:「Transgene社とNEC、頭頸部がんに対する個別化ネオアンチゲンがんワクチンTG4050のさらなる有効性を確認」
遠隔手術支援ロボット
2021年に約150km離れた場所で遠隔手術の実証実験が成功し、2023年には約500km離れた場所から熟練医師が若手医師を支援する遠隔手術も実現しました。
参考:KOBEUNIVERSITY「東京-神戸間(約500km)で商用の5GSAを活用し遠隔地からロボット手術を支援する実証実験に成功」
医療分野でも進む生成AIの導入
生成AI「ChatGPT」が登場しメディアで大きく取り上げられたのが2022年、それから驚異的なスピードで生成AIの開発が進み、現在では医療分野での活躍も見られるようになってきました。 あわせて読みたい
例えばカルテから医療文書を作成したり、会話型の生成AIが医師に変わって問診をするシステムの導入が始まっています。
このシステムが医師・看護師の負担軽減や業務の効率化、診療サービスの質の向上に繋がるとともに、集めた情報をデータベース化することで新たな治療法の開発に活用できるのではないかとも期待されています。
諸外国における医療AIの進展
医療AIの導入は世界各国で進んでおり、特にアメリカやイギリス、中国などは開発に積極的です。 あわせて読みたい
アメリカは、医療画像の解析・薬の開発・事務作業の自動化の分野で先行しています。
患者のスケジュール管理や病気の予防に向けた予測分析などにもAIが活用されるなどの活躍をみせています。
中国では関連アプリケーションや画像診断、データ分析などの分野で急速に進歩しており、世界の医療AI市場ではイギリスを抜き、トップへ駆け上がらんとする勢いです。
また国別の医療AI利用状況を見ても、中国が利用率45%で最も積極的であり、アメリカは開発が進む一方で、医療現場での抵抗感から利用率は10%に留まっています。具体例として、アメリカではIBMの「WatsonforOncology」が患者の病歴や遺伝情報を活用し、最適な治療法の提案を通じて治療効果向上に寄与しています。一方、中国では、オンライン診療やAIを用いた処方システムにより、都市部と農村部の医療格差解消への取り組みが進められています。
医療AIの課題と今後の展望
医療AIの発展には多くの期待が寄せられていますが、信頼性の確保やデータ不足などの課題もあります。特にAIが診断の根拠を示せないブラックボックス問題や、症例の少ない疾患に対応するための技術開発が必要とされています。 あわせて読みたい
2022年の診療報酬改定で「AIを用いた画像診断補助に対する加算」が保険適用となったこともあり、今後徐々に医療AIは広がりを見せていくものと予想されますが、患者や医療従事者の間でのAIに対する抵抗感が依然として課題です。
とはいえ医療AIは日々進歩しており、現在は「AIの判断の根拠を探る新たな技術」や「少ない症例で学習させる技術」の開発も進み、少しずつ実用化の気配も見えてきています。
2029年までに医療AI市場は1,641億ドル(23.4兆円)にも達するとの報告もあり、今後ますます発展していくことが考えられます。
まとめ(医療分野のAI)
医療AIとはAI技術を医療分野に応用したものです。
医療AIの技術は日々進化し、市場も大きく広がりを見せています。
しかし、とても有効に利用できる半面、まだまだ課題があるのも事実です。
そしてどんなに高性能なAIだとしても、「AIは道具にすぎない」ということもまた、ゆるぎない事実です。
医療AIを導入する際には、費用対効果やリスクへの対応をしっかりと検討したうえで、あくまでもサポートとして活用しましょう。